研究内容

  蛍光色素は、有機ELディスプレイのような光デバイスの根幹材料としてだけではなく、 特定の物質を認識することで蛍光特性が変化することを利用した環境モニタリングのためのセンサーや バイオイメージング用プローブなど幅広い用途があります。 本研究室では、「水素結合」 や「励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)」をキーワードとして新規蛍光色素の開発を行い、 蛍光特性の向上や蛍光波長の制御、また蛍光色素をベースとした新しい機能性の創出に向けた研究を進めています。



--- 最近の研究成果より ---

サリチル酸メチル2分子を連結することで集積能が向上。その集積体が見せる特異な吸収・蛍光特性を解明。


 サリチル酸メチル(Methyl Salicylate: MS)は無色透明の油状液体であり、鎮痛消炎作用を示すことから筋肉痛などを緩和する医薬品にも含まれています。私たちはこのMS2分子をσ鎖で連結させた分子(MS-dyad)を合成したところ、その高濃度溶液は鎖の長さに関わらず濃い黄色に着色し、MSでは見られない緑色の蛍光を示すことを見出しました。大きく長波長側にシフトした吸収・蛍光スペクトルはどちらも明瞭な振動構造をもち、互いに鏡 像関係にあってStokesシフトが極めて小さいという特徴を有します。詳細な解析の結果、液体であるMSも潜在的に集積する特性をもつようですが、MS を連結したことでより安定な集積構造が高濃度溶液中で形成され、特徴的なスペクトルを与え得ることを明らかにしました。分子が規則正しく配列した集積体 (超分子複合体)からの優れた機能性の創出は重要な研究課題です。本研究成果が光機能性超分子複合体の構築に向けた新たなアプローチになることを期待しています。

[掲載論文] 

Supramolecular complexation and collective optical properties induced by linking two methyl salicylates via a σ-bridge
J. Phys. Chem. B (2022) 126, 16, 3116–3124. [DOI]    Supplementary Cover Art に採用されました。



ESIPT型蛍光色素での光照射による分子内電荷分離状態(π共役型双性イオン)の実現。


 π共役系分子の両端に正電荷と負電荷を配置したπ共役型双性イオンは、その大きな双極子モーメントに起因した光機能性や電子機能性の発現が期待されている物質群です。私たちは水色の蛍光を示すESIPT色素の2,4-bImPが、その溶液にUV光を照射することでπ共役型双性イオンへと変換されることを明らかにしました。その生成を反映して元々無色透明の溶液はUV照射後、溶媒の種類に応じて様々な色へと変化します。クロロホルムなどのハロゲン系溶媒ではUV照射後濃緑色に着色し、その後溶液に順次、酸、塩基を添加することで元の状態に戻すことも出来ます。光照射によってπ共役型双性イオンの生成を実現した初めての例です。

[掲載論文] 

Photoinduced generation of the π-conjugated zwitterionic state in the ESIPT fluorophore of 2,4-diimidazolylphenol
J. Phys. Chem. A (2021) 125, 4784–4792. [DOI]  Supplementary Cover Art に採用されました。


  酸やアニオンを認識し、濃度の違いに応じて全色(RGB-W)の蛍光発光を示す色素の開発に成功。


 酸の添加が分子内水素結合位置の切替を誘起することで蛍光色が緑から橙へと変化するESIPT型蛍光色素(2016年 J . Mater. Chem. C にて報告) に おいて、この色素が酸と同時に特定の共役塩基アニオンを認識し、その濃度の違いに応じて蛍光色を橙から赤、白、青へと劇的に変化させることを見出しまし た。単一の色素が外部刺激に応答して全色の蛍光発光を示す例は過去になく、これが初めての例です。蛍光色変化は可逆的であり、またある条件下では赤〜白〜青の間の蛍光色変化を温度によっても調整可能です。

[掲載論文]
Color changes of a full-color emissive ESIPT fluorophore in response to recognition of certain acids and their conjugate base anions

Chem. Eur. J.
(2018) 24,
5868-5875. [DOI]





  酸やアルカリの刺激で蛍光が可逆的に変化する固体蛍光クロミズムを新規 ESIPT色素を用いて実現。


 外部からの酸やアルカリの刺激によって分 子内に存在する水素結合の位置が切り替わり、 それを反映して緑色と橙色の蛍光が可逆的に発現する新規ESIPT色素の合成に成功しました。このような蛍光クロミズムは色素を親水性のポリマーである Nafionにドープした場合でも観測され、Nafion薄膜上に酸性およびアルカリ性の水をインクとして用いることで文字を書いたり消したりすることが 出来ます。また、橙色の蛍光は陰イオンの存在に影響を受けやすいことが判り、その特性を利用することで、乾湿処理による橙/青の蛍光クロミズムや励起波 長に依存した蛍光色変化(青〜白〜橙)を観測することにも成功しました。

[掲載論文]
An ESIPT fluorophore with a switchable intramolecular hydrogen bond for applications in solid-state fluorochromism and white light generation

  J. Mater. Chem. C (2016)
4, 2011–2016. [DOI]





 粉末状態にもかかわらず、高効率で赤色の蛍光を発する色素の開発に成功。


 2,6 -ビス(ベンゾチアゾール-2-イル)フェノールの4位の炭素に鎖長の異なるアルコキシ鎖を導入した4種類のESIPT蛍光色素を合成しました。 どの色素も溶液中では619 nmに蛍光極大をもつ赤色蛍光を発したのに対し、 粉末状態では、OMe体とOEt体の極大波長は長波長側にシフトし より深い赤色の蛍光を、OPr体とOBt体では短波長側にシフトし橙色の蛍光を与えました。 単結晶X線構造解析の結果を基にこのような蛍光色の違いは分子配列様式の違いを起源とした励起子分裂モデルで説明出来ることを明らかにしました。 従来の赤色蛍光性粉末と比較して、 OEt体は構造が極めてシンプルであるにもかかわらず高い蛍光量子収率(0.32)を達成しました。

[掲載論文]
Highly efficient solid-state red fluorophores using ESIPT: crystal packing and fluorescence properties of alkoxy-substituted dibenzothiazolylphenols 

CrystEngComm. (2014) 16, 3180–3185.
[DOI]





  極性溶媒と非極性溶媒の混合比に依存して青〜白〜黄と蛍光色が変化する色素の開発に成功。


 太陽光をプリズムに通すと虹色に見えることからも分かるように、 白色光は波長の異なる可視光線の集まりで幅広いスペクトルを示します。 そのために単一種の色素で白色光を実現するのは困難ですが、私たちは2,4-ビス(ベンゾチアゾール-2-イル)フェノール という1種類の色素で白色光を出すことに成功しました。溶媒の極性に依存して蛍光色は青から白、黄色へと連続的に変化します。 粉末状態で強い黄色蛍光を示すこの色素と、青色蛍光色素のペリレンを混ぜ合わせて製膜するという簡便な方法で、 高い蛍光量子収率を示す白色蛍光ポリマーフィルムの作製にも成功しました。

[掲載論文]
A blue-white-yellow color-tunable excited state intramolecular proton transfer (ESIPT) fluorophore: sensitivity to polar-nonpolar solvent ratios

J. Mater. Chem. C (2013) 1, 7866–7871. 
[DOI]





 生体物質ルマジンに化学修飾を施し、電子とプロトンの授受を確認。特異な水素結合の構築に成功。


 ルマジンのようなプテリジン骨格 (ピリミジン環とピラジン環が縮環した複素環)をもつ分子は、生体内で酵素の活性中心を構成したり、 電子やプロトンの授受を行う水素受容体として酸化還元反応に関わるなど重要な働きをしています。 このような生体分子をエレクトロニクスやフォトニクス用の材料へ展開することを念頭に、 ルマジンの電子受容能とプロトン放出能(酸性度)をシアノ基の導入により大幅に向上させました。 その結果、有機伝導体の構成成分として知られるTTFなどのドナー性分子と電荷移動錯体を形成させることに成功しました。 またプロトンが解離したアニオン状態のルマジンは、結晶中で隣接するルマジンと水素結合により二量体を形成することで黄色の蛍光を発しました。 アニオン間に形成された強固な水素結合は非常に稀なものです。

[掲載論文]
Structural and spectroscopic study of 6,7-dicyano substituted lumazine with high electron affinity and proton acidity

J. Phys. Chem. A (2013) 117, 3614–3624.
[DOI]






  ESIPTを示す亜鉛錯体の開発に成功。蛍光量子効率は軸配位子に依存し、レーザ活性も確認。


  励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)を想定可能な水素結合を分子内にもつキノキサリンを配位子として 亜鉛錯体を合成しました。錯体のESIPT効率は、亜鉛イオンの軸位にどのような分子が配位するかによって変化し、 ピリジンが配位した場合にはESIPTは効率よく進行し、固体状態で強い黄緑色の蛍光を発しました。 この錯体の薄膜からはレーザ光の素となる増幅自然放出光 (ASE)を観測することに成功しました。

[掲載論文]
Excited state intramolecular proton transfer (ESIPT) in six-coordinated zinc(II)-quinoxaline complexes with ligand hydrogen bonds: their fluorescent properties sensitive to axial positions

Dalton Trans. (2010) 39, 1989–1995.
[DOI]




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